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堀裕子行政書士事務所
堀 裕子(ほり ゆうこ)


滋賀県草津市生まれ。
滋賀県立膳所高等学校卒業。
京都産業大学経済学部卒業 ケインズ「マクロ経済学」専攻。
㈱ニチイ(現在イオングループ㈱マイカル)入社、宝飾担当。
2年で売場チーフ、優秀社員賞、社内接客コンテスト銀賞を受賞し、(金賞ならアメリカ旅行(泣))
商品本部データ分析担当ディストリビューターに異動。
以後、全国の服飾グループのデータ分析と品揃え計画・検証を担当。
在任中、結婚、出産、会社の合併、嫁ぎ先の事業の倒産、破産から離婚を経験し法律の勉強を始める。
社内自己啓発プログラムにて、日本マンパワーの通信教育を受け、1998年行政書士試験一発合格。
本社商品システム、マイカル倒産(泣)の際には経営本部にも携わる。
2004年5月退職。
2005年10月行政書士登録。
2007年1月海事代理士登録。
2008年12月滋賀県第一号「一般社団法人社会起業支援ネット」設立理事。

現在、滋賀・京都中心に法人の設立から記帳代行、契約書、内容証明、給与計算等
会社内部の総務一式をお手伝い。
個人のお客様の遺言・遺産分割協議書、離婚問題の相談にも応じる毎日。

滋賀県行政書士会会員NO.1025号
日本行政書士会連合会会員 第05251980号
日本海事代理士会会員

<パーソナルデータ> 趣味:ピアノ
*子供のころは本の虫、高校・大学と音楽の虫、社会人になってからパソコンの虫。
要は凝り性。とことんやりとげるのが身上。
特技:Excelを使うこと・アルコールに強いこと(?)・すぐに泣けること

<ご挨拶>
◎プロローグ
「行政書士やってます。」というと、まず言われるのが
「行政書士って・・・なんですか?」
行政書士をご存じの方は大概「すごいですね!前からそういう関係のお仕事ですか?」
でも実は、私も、この資格を取ろうとするまでは、こんな資格があることを知らなかったのです。

◎きっかけ
行政書士の勉強を始めたきっかけは、自身の離婚でした。
といっても、慰謝料がどうだとか、養育費がどうだとか、そんな話はひとつもなく
とにかく一旦籍を抜いて・・という、なんとも適当な、スピード離婚でした。
しかし、離婚の現実は非常に厳しく、適当だろうが、偽装だろうが、すぐ戻るつもりだろうが
離婚は離婚。法律的には私は明らかにバツイチとなったのでした。
冷たく悲しい現実を突きつけられたときに、法律の理不尽さに呆然としました。

でも、逆に「法律に救われることもある。」そう思ったのです。
役所の方の対応は主観的で、その人の考え方に左右され、
合う合わない、また言い方ひとつでひどく傷つけられる。
だから、なんの感情もない法律が、その形式的さゆえに、かえってあたたかく感じたのです。

法は誰にでも等しく適用され、すべからく平等であることに癒されました。
このことで、おかしくなりそうなくらい波だった気持ちの平穏を保てました。
だから、同じように、やりきれない気持ちや、どこにも持って行けない悩みを抱えている人達に
気持ちが救われる術があることを、法律が力になってくれることを伝えたいと思ったのです。

◎受験
いきなり弁護士!と行くにはあまりにも、知識が無さすぎました。
マイカルでは売場での接客や、商品知識、データの分析手法などを学びましたが、
法律の知識などとはまったく無縁でした。
そこで、会社の自己啓発プログラムから「マンパワー通信講座」の「行政書士」を探し当てたのでした。
半年で1クールが終わる講座でしたから、すぐに試験が受けられると考えました。

その頃子供はまだ1歳。幸い、会社の育児勤務システムにより、3時間の短縮勤務を使えたのもラッキーでした。
もちろん、お給料も7掛け、昇格試験も受けられず、後輩に抜かされていくような待遇。
(そういった面ではいいことばかりでもありませんでしたが仕方ありません。)
何より時間があることが救いでした。
子供といっしょに宵の口から寝て、夜中の2時に起きて、出勤時間まで勉強しました。
これは、受験生の方には教えてあげたいですが(笑)めちゃくちゃ効率がよかったです。
おかげで1発で合格する事ができました。

試験の日はなんとも心細かったのを覚えています。当時、県庁の大会議室で受験しましたが、
わいわいと受験仲間と受けに来ている若い人たち、話している内容から銀行の仲間だと分かる集団。
(そうか、銀行では行政書士を受かったらお手当てが出るんだ・・・。)
そんな中でぽつんとひとり、受かるのか受からないのか、自分の実力も見えないまま受けに来た主婦の私・・。
たまたま帰りにいっしょになった他の主婦の方は
「受かったらかっこいいでしょ?(笑)」と受験を趣味のようにおっしゃって
「主人が迎えに来てくれてるの」とあっけらかんと帰って行かれました。
生きるために資格を取ろうとした私とは世界が違いました。

ひとりで帰る帰り道、滋賀県庁の前にある大津の平和堂の本屋さんで行政書士の本を探しました。
『行政書士という法律家の仕事』という本です。
「でもこれを読むのは受かってからだ!」とそのときは買いませんでした。
「合格発表の帰りに買う!」そう決めてぱらぱらと見て帰りました。

合格したときは、県庁の暗くて冷たい石の廊下に、マッチ売りの少女が最後に見たような
ろうそくの明かりを見た気がしました。「私、合格ラインだった・・」
もちろん、帰りにお約束の本を買って帰りました。
が、それほど未来を明るく感じられなかったのです。
それは「何も変わってないやん・・」という目の前の現実を知ったからです。

受かったからって、何が変わったのか。
独立しなければ、登録しなければ、行政書士の仕事はできない。
できなければ、今までの私と何一つ変わらないじゃないか。
じゃあ、独立して仕事ができるのか?
何ができる?

愕然としました。

なんと、仕事の仕方も知らなかったのです。
「前からそういうお仕事してません」「サラリーマンでした」
何から手をつけていいのかさっぱりわからず、また会社をやめるきっかけもなかなかつかめずにいました。

◎独立開業
きっかけが訪れたのは皮肉にもマイカルの倒産でした。
役職が大きく変わりました。それに加えて子供もいつしか小学校の1年生。
会社の育児勤務は就学前の子供に対してだけなのです。
1年生って保育園と比べてものすごく早く帰宅します。面倒見てくれてた両親が大変でした。
このあたりが限界なのかと、退職を決意しました。

両親は、何者かもわからない行政書士の職につくことに最初反対でした。
「そんなもんでやっていけるのか!」という理由です。
でも、女ひとりで子供と生きていくためには、将来を考えなければ!
将来、何をしていくのか真剣に考えないと、いつまでも両親に頼れるはずはないのです。

そこで、開業を決めました。
絶対に後にはひかないこと(ひけないし・・)、
マイカルで培った「お客様第一主義」「顧客満足」
それから面だって言われたことではありませんが、マイカルでは
常に改善、改良、進歩、発展を追求することを学びました。
企業なら当然かもしれませんが、仕事とはそういうものだと思っています。

◎現在
事業主としての知識すらない私が行政書士になってできること。
これは、真摯に業務に取り組むことしかありません。
ひとつひとつ大切に業務をこなしながら
出会ったお客様みなさんに満足していただけるお仕事をする。
これが私の信条であり、行政書士としての理念です。

満足していただけるような仕事をするためには
日々勉強、日々努力、日々進歩する。

行政書士の仕事は許認可や届出など、お役所相手のお仕事が多いのですが
単純で形式的に見える仕事も実は、そこにいる担当者様、また個人のお客様との
おつきあいが原点だと思っています。
関わる人たちみんなの仕事が円滑に流れ、気持ちよく時間を過ごすことが最終目的だと考えます。
そこにある個人的な悩みも、取り除くべきなのです。

なので、私はどんなご相談でもとりあえずよく聞くことにしています。
そこで私にできることを考え、できないこと、もっとお客様の為になることがあるなら
力になってくれる専門家をご紹介するなどとことん力を尽くしたいと思っています。

どうかそんな私に会っていただけたら嬉しいと思います。

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